過去の経験から未来を導き出せたのはインターネット以前の話し

 

 先日、以前に話題にしたことのあるケーキ屋に行った時のことだ。

 

 ケーキを予約していたので受け取りに行くと、雨の夜だったこともあり他にお客さんはいなかった。

 店内へ入り、60がらみの店主に挨拶をしながら控えの用紙を渡すと、奥から5号のホールケーキを出してきた。ケーキにはメッセージのデコレーションを頼んでいたので、文面の確認を一緒に行い、間違いのないことを確認し合った。

 確認が終わると店主は慣れた手つきでケーキを箱へと収め、紙の手提げに入れてくれた。私は代金を支払い、お釣りとレシートを受け取った。

 (事前に金額がわかっていたのだからぴったり用意しておけばよかったな)と少し思いながら、私が財布へお釣りとレシートをしまっていると、店主がおもむろに話し始めた。

 「女の子は今ぐらいが一番かわいいよね」

 どうやらメッセージの内容とローソクの数から推測したらしい。

 「皆さん、そう言いますね」

 「子供はねぇ、怒っちゃだめだよ。怒ってもなにもいいことなんかないよ。怒られたという事実だけが本人の中に残って、なにが問題だったのかなんて、さっぱり理解できないままになってしまう」

 「そうなんですか」

 「そうだよ。だから怒るんじゃなくて、その事象について自分がどう思うかということを伝えるようにした方がいい。お父さんはこういうふうに思うよってね」

 何度もこのお店に来ているが、店主がこんなに饒舌に話しかけてきたのは初めてだった。雨で他のお客さんがいないからなのだろうか、店主はさらに続けた。

 「だいたい、世界は大きく変わったんだ。インターネットが出てきて違う世界が現れたんだよ。ウチの孫もそうだけど、子供も小学生ぐらいになると、わからないことがあればインターネットで調べちゃう。昔はお父さんやお母さん、おじいちゃんにおばあちゃん、そういった人たちに聞いたものだけど、いまは違う。」

 店主の言葉にさらに熱がこもってくる。

 「過去を生きてきた世代には、もう未来のことはわからない時代になったんだよ。過去の経験から未来を導き出せたのはインターネット以前の話しだ。だから知ったふうに、自分の時がそうだったから、これはダメだとか、いいだとか、そんなことはもう言えないんだよ。」

 「唯一言えるのはね、自分の考えと感想はこうなんだっていう事実だけなんだ。それを説明してあげる。未来では使えない根拠を持ち出して怒るなんてナンセンスだ」

 街のケーキ屋の60がらみの店主からインターネットに関する論考を聞くとは思ってもみなかったので、正直びっくりした。同時に、自分の中で街のケーキ屋とインターネットは、まったく別のモノのように認識されていたということに気づいた。生活者とインターネットは、もはや密接に関連しているのだ。視点が欠落していた。

 また、(過去の経験から未来を導き出せたのはインターネット以前の話しだ)という部分に同意すると共に、少しばかりのショックを覚えた。

 (自分も過去を生きてきた世代なのだ)そう思わされたからだ。

 ショックのせいなのか、同意をした部分や感想などをハッキリ口に出せずに、「はい」「えぇ」などの相槌を繰り返してしまった。

 店主の話しを聞きながら、もうひとつ思ったことがあった。

 (歳の離れた大人の話しを聞くは、えらく久しぶりだなぁ)と。

 普段は歳の離れた大人の話しを聞くことはあまりない。正確には、機会がないのではなく、内容をきちんと聞こうとしていないということだ。聞くに値する話しをしてくれる歳の離れた大人がいないということもあるが。

 怒ってはいけない理由など、いろいろと気づきもあった。大人の話しを聞くのも悪くない。

 

 その後も店主は、お店に来る子供とその親に関する考察などを披露してくれた。10分ぐらい話しをしていただろうか、店主が気がついたように、

 「引き止めちゃって悪かったね。無駄話をしちゃったよ」

 「帰ってお祝いしてあげて」

 そう言うと、手提げに入れたケーキを渡してくれた。

 「いや、お話できてよかったです。おもしろかったですよ」

 手提げを受け取って会釈をすると、私はお店を後にした。

 

 自宅への道を歩きながら、私は店主に告げなかったことを反芻していた。

 (ごめんなさい、私に娘はいないのです。ケーキは妻のために用意したもので、ローソクの数は、彼女の歳の一桁目なのです。でも、話しをしてもらえて、ありがたかったですよ)

 もし、私に娘が生まれることがあったら、彼女を怒らないようにしたいと思う。