忘却の3.11

 もうすぐ3.11がまたやってくる。直接的な被害を受けなかったヒトの多くは「震災前」が戻ってきて久しいことだろう。そう、いとも簡単に「震災前」に戻ってしまったのだ。確実に風化しつつあることを感じる。

 あの時、多くの人のマインドは変わるかのように見えた。絶望的な破壊の後で、社会が変わるような空気が生まれつつあった。でも今はもうない。原発もこれまで同様に推進されていきそうだし、何かが変わったようにも見えない。

 おそらく、あんなことがあっても「仕組み」が変わらなかったことが理由なのだと思う。「仕組み」というものは本当に便利で、本当に恐ろしい。一度作ってしまえばブラッシュアップはあっても、基本的には変わらない。何も考えずに運用されていく。変わりかけたマインドも、それまでと同じ仕組みで運用されていくうちに「震災前」に戻ってしまった。「仕組み」によってすっかりスポイルされてしまった。なぜなら、その方が簡単だからだ。「仕組み」に沿っている方が楽だからだ。

 本当にヒトは怠惰で痛みを忘れる。だからやってこれたとも言えるが、醸成され始めた変革のマインドはどこへいってしまったのだろう。今やすっかり震災を忘却の彼方へと押しやろうとしている。それが現実であるヒトたちのことなど忘れて「震災前」の瑣末な問題や空虚な日常に、また肩まで浸かってしまっている。しっかり内省しなければ。先へと進むためには見つめなおさなくては。これまでを続けていくことはできないのだから。

 もうすぐ3.11がまたやってくる。