女子校生と戦ってみた

 家の路を挟んだ隣に女子校がある。幼稚園から高校まであるのでラインナップは豊富だ。そのことを友人の変態さん共に言うと非常に羨ましがる。なので「双眼鏡で毎日覗いてるよ」と煽ってみたりすると、変態さん共は決まって「ぐぬぬっ」となるので、18秒ぐらいは反応を見て楽しめたりする。

 

 しかし、この環境が提供してくれる楽しみはそのぐらいで、あとは非常に腹立たしいものばかりなのだ。朝、ワタシが駅へ向かう時、彼女らは駅からやってくる。彼女らは決まって道いっぱいに広がってやってくるのだ。彼女らは自分たちの前からやってくる人間に対して、「道をあける・ゆずる」という概念を持ちあわせていない。そのため、必然的に彼女らと対峙する側が避けなければならなくなる。もし歩道で彼女らに遭遇した場合、こちらは脇の植え込みに立ち入って避ける、という不可解極まりない事態に追い込まれることになったりする。それほどまでに彼女らは強力なのだ。最強の存在だ。通勤・通学路界におけるヒエラルキーの頂点に君臨しているのだ。控えおろーだ。

 

 彼女らのラインディフェンスはかなり徹底されており、道をあけたり・ゆずったりすることは、厳格な校則で固く禁じられているとしか思えないレベルにある。みんな校則を遵守するかなりいい子たちなわけだ。もしくは、某厩で生まれた例のアノお方系の学校なので、宗教上の理由で道をあけたり・ゆずったりしてはいけないのかもしれない。個人的には、例のアノお方はそんな度量の狭い方ではないと信じたいので、前者であって欲しいと願っている。やはり誰でも失望はしたくないものだ。

 

 そんな状態がもう何年も続いている。ここまでくると、この異常な事態はすっかり日常へと変質しており、この状況になんの疑問も抱かなくなってくる。人間とは恐ろしいもので、大概の環境には適応してしまうという、悲しい、いや、高度な生き物なのだ。

 

 そんなある日、事件はおこった。ワタシがいつものように駅へ向かっていると、ちょうど歩道の所で彼女らに遭遇した。やはり彼女らは道いっぱいに広がって歩いてきた。ワタシには彼女らが中学生なのか高校生なのか判別がつかないのだが、この際それはどうでもいいことだ。気が付くとワタシの目は、無意識に歩道脇の植え込みに待避スペースを探していた。

 

 するとその瞬間、人より若干少なめのワタシの脳細胞に直接不思議な声が響き渡った。

 「この腰抜けめ」

 カラダに電流が走る。何ジゴワットだろうか。

 そう、人類は1985年から始まった傑作シリーズに習い、このような嘲りにはこう答えなければいけないのだ。マクフライなのだ。

 

 「誰にも腰抜けなんて言わせない!」

 

 アドレナリンが吹き出す脳細胞は考える。非チキンの証明。それはやはりアレだろう。

 「チキンレース」

 よし、女子校生よ。どっちが腰抜けかハッキリさせようじゃないか。そう腹を決めると、その瞬間から筋肉が収縮を始め、全身に力を蓄えだした。

 道は絶対にゆずらない。ブレない強い意志を持って、一歩一歩確実に踏みしめて前進していく。目標がどんどん接近してくる。5m、3m、敵はまったく避ける気配はない。

 道は絶対にゆずらない。オレは海賊王になるんだ。

 1m、50cm、ヤツらはまったく避ける気はない。総員、対ショック用意っ!

 

 ドンっ。

 

 両者ゆずることなく、みごとに衝突。瞬間的なムカつきは一気に最高潮に達し、アタマにどんどん血が登っていくのがわかった。しかし、ここで予想だにしなかった事態が発生する。

 なんと「あ、すみません」と反射的に謝る自分がいるではないか。なんたる不覚。あぁ、この時ほど己の社会性を呪ったことがあろうか!身につけた常識を疎ましく思ったことがあろうか!社会生活が彼女らよりも長いがため、そりゃあもうクイックなレスポンスで危機回避行動をとってしまったのだ。

 敵は完全に沈黙。そして、何事もなかったかのように集団で足早に去っていってしまった。

 ワタシの負けだ。他者などまったく意に介さないズバ抜けた鈍感力。ヤツらは本物だった。挑んだワタシが愚かであった。そしてワタシは思った。こうして彼女らはオバハンになっていくのだろうと。ワタシが負けたのは彼女らの全能感に満ちた若さにではない。彼女らがデフォルトで搭載しているオバハン性能に負けたのだ。言うなれば、ワタシはオバハンに負けたのだ。オバハンに負けたのであれば仕方のないことだ。なぜなら、オバハンはこの地球上で最強の究極生物だからだ。誰もワタシの敗北を非難することはできまい。なにせ相手はオバハンなのだから…。

 

 失意のまま駅へと歩みを進めているワタシに、ふと不安がよぎってきた。今回の一連の勝負により、ひょっとするとワタシは変質者認定されるんではないかと。学校や自治体・PTAで共有される、夢のブラックリストに殿堂入りしてしまうのではないかと。いやはや、なんという恐ろしい罠なのだ。敗者に追い打ちをかけるような非情な所業。まさに鬼畜。人非人。悪の権化。女子校生とはかくも恐ろしいものなのか。

 筆舌に尽くしがたい恐怖にうち震えながら、ワタシはここ数日を過ごしている。これを読んでいるみなさんに警告しておこう。彼女らと戦ってはいけない。

 

 

前回予告にて、イギリスのうまいものがどーのこーのといっておりましたが、すっかりわすれて違うこと書いちゃいました。お詫び申し上げます。